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2011-08-28

けだるい somehow feelin' lazy

けだるいっす。
なーんもやる気起きねっす。
隊長不良ってのもあるんだけど、
それ以前に、
芯が溶けちゃった鉛筆みたいなだるさ蔓延中。
ん?鉛筆の芯が溶ける温度って何度だ?

2011-08-12

Bharata! India!の更新お知らせ

拙ブログとっぷタブにあるBharata! India!のページを更新しました。

Beautiful Photos Of Incredible Indiaを追加。

いっぺん見てみてちょ♪
げーじつてきなまでに綺麗よ~~!
画像からインドの息吹が感じられる、かも?

2011-05-07

雨が止まないから

本など読んで過ごそうかと、
ちょっと前に買った、節子さんのグラン・シャレ眺めて
お庭など、お家の中など、手作り小物など楽しんでます。

2011-02-28

春の女神 Persephone

しとしと雨です。雪交じりで寒いけど。
春を迎える雨です。冷たくて吐く息が白くなるけど。
昨日はプルオーヴァーにセーターにウインドブレーカーで作業してたら、むっつぁ汗かいたくらいの気候だったのになぁ~。

2010-12-10

To you - behind the golden phase

Gustav Klimtグスタフ・クリムト
ウィーン生まれの美術家
金箔を用いた絢爛豪華で摩訶不思議な絵画

『接吻』
『ユディト』
『ダナエ』

などの代表作品を
どこかでなにかで目にした人も多いだろう。



「心が繋がってると思った瞬間」で紹介した
長田弘さんの詩篇『詩ふたつ』


ケース画作品の"Orchard with Roses"
1912年作品で、邦題は『バラの咲く果樹園』



言の葉のまにまに現れる20程の画は
すべてグスタフ・クリムトの作品である。
といっても、裸体女性の肖像画ではない。


55歳と半年で生涯の幕を閉じたクリムトが
ザルツブルグ近郊のアッター湖畔周辺を題材に
描いた風景画は約50作ほどあるという。


樹木や花や農園を題材にした作品が
詩篇の頁を捲るたびに生鮮に眼に飛び込んでくる

花
沼
葉
森
土
樹
水
空
嵐
景
緑
波
果



ウィーンという都会のアトリエで
妖艶な女性の肢体を描く
官能的で甘美で絢爛たる黄金世界とは異なる作風。
自然の色彩の素晴らしさに覚える喜びとともに
クリムトの心にある静謐さが滲み出ているような
・・・・・そんな印象を受ける。



"Roses under Trees"(c.1905)
〔邦題『樹下のバラ』〕
この作品が掲載されている頁には、
長田弘さんの深遠な言の葉が三行。

ことばって、なんだと思う?
けっしてことばにできない思いが、
ここにあると指すのが、ことばだ。





ここまで深く見つめられる感性。
どこまで遠く紡ぎつづける感覚。

生まれもっての才能か。
積み重ねられる才覚か。


『詩ふたつ』あとがきには、こう記されている。
亡くなった人が後に遺してゆくのは、その人の生きられなかった時間であり、その死者の生きられなかった時間を、ここに在るじぶんがこうしていま生きているのだという、不思議にありありとした感覚。
心に近しく親しい人の死が後にのこるものの胸のうちに遺すのは、いつのときでも生の球根です。喪によって、人が発見するのは絆だからです。

1909年、47歳のクリムトが描いた『公園』
その風景の隣に言の葉が打ち付けられる。

森には、何一つ、
余分なものがない。
何一つ、むだなものがない。
人生も、おなじだ。
何一つ、余分なものがない。
むだなものがない。

何度も何度も開いては
かみしめるように読み、観る。
そして、何度も吸い込まれていく。
何度も何度も包み込まれていく。


グスタフ・クリムトは猫と暮らしていた。
クリムトと暮らしていた猫は
アッターゼー田舎家の裏庭を
歩き回ったのだろうか。
アッターゼーの澄んだ夜空に光る星を
クリムトの腕に懐かれて見上げただろうか。


To you







2010-11-22

小雪

木々の落葉もすすみ、初雪の知らせもちらほら届く小雪。
11月22日は語呂合わせで「いい夫婦」の日でもある。

・・・って、確か去年も書いたような...
・・・んで、確かその前後に派手な夫婦げんかもしたような^^
ったく・・・、時を経ても成長しない我々二人ww

青いルリマツリ、小さな花
どんな言い争いをしたのか、
何がケンカの原因だったのか、
全く記憶に残っていない。

それなら何故そんなことを書くのだ?
書かなくても良いことではないか?
赤っ恥をさらすようなことをぐだぐだと書くべきではないのかも知れない。
だが、書かずには居られない性分が災いしているらしい。
古い歌の文句じゃないけど、
「やめろ!」と言われても、
一度こうと決めたら表明してしまう..。
そうしないと気が済まない。
バカみたいだけど(^^;


いや、ホンマに深刻な状況やったら書かないだろう事は分かってるつもり。というより、書く前に行動を起こしているだろうから。
ブログに書いて、自分をある程度さらけ出す事によって、幾ばくかの心の平安を得ているのかも知れない、と最近思う。単なる自己満足といわれれば、それまでの話。
悶々と思い悩むあれこれを文字にして、自分の気持ちを確かめたりしてる、一種の代償行為かも知れない。
それはそれで良いのだと自分に言い聞かす。
楽しいことだけ、嬉しいこと続きの日々ではないから。
外面的なことを気にしてばかりの自分は嫌だから。
そんな自分が時に好き。
時々嫌い。

自分の嫌なところが見えるとき、それを受け入れられなくて困惑したり、さらに嫌になったりするけど、生きていれば、生きているからこそ、そんな気持ちにもなるもんだと思える自分は好き。そんな風に素直に感じられたらいいなと思う。


堂々巡りじゃないか?
堂々巡りでもええじゃないか。
人生を回り舞台のステージに見立てる。

堂々巡りでええじゃないか。
マニ車を回してお堂を巡り、マントラを唱える。
オム・マニ・ペメ・フム Om Mani Pedme Hum

いよいよ重い腰を上げて、片づけ難所の一角を崩した。
ずっと探していた本が数冊見つかった。
気をよくして古い写真集も取り出した。
白籏史朗の"Nepal Himalaya"



埃にまみれ、若干かびくさい臭いがした。
久しぶりに頁をめくり、ヒマラヤの山々の表情と写真家の腕に圧倒された。
もしかしたら、ここは河口慧海が身体にひまし油を塗って渡河した所かも・・・、こんな厳しい峰を越えて行ったのかも・・・と思いを巡らせていたら、捜索を続けるべき本の存在がまた一つ..。



この第一巻の最後のフレーズ、詳細がどうしても思い出せない。
なんとな~く朧気な記憶があるだけ。
今の楽趣味の気持ちにぴったり寄り添うような存在感のあるフレーズなのだが・・・

白籏史朗オフィシャルサイト ギャラリー

2010-11-03

personality or individuality? 覆輪と絞り

楽庭初の覆輪バラは楽庭MR1号になるだろうか?
毎年違った表情を見せてくれる麗しきバラである。
蕾外花弁が少し捲れたところに
そっとカメラを向けてみた(^^;

2010-10-03

目白押しにかこつけて逢い引きする~?

今日は上野の森にシャガールを鑑賞しに行きました。
レオナルドダヴィンチの『受胎告知』やルーブル展ほどの賑わいではなく、比較的スペースにゆとりを持って絵画を観ることが出来た方かな?
2年前渋谷Bunkamuraで開催されたミレー展(John Everett Millais)程にギューギュー詰めベルトコンベア鑑賞状態に比べたら、って意味ですけど。