如月の空は碧さを尽くしけり
朝陽バラ会顧問 鈴木省三
朝陽バラ会顧問 鈴木省三
鈴木省三(Suzuki Seizō, 23 May 1913 - 20 January 2000)
Wikipedia(English)にはほんの数行しか記述がない。
Wikipedia(Français)のページ"Seizo Suzuki"は、
日本語の該当ページをフランス語に翻訳してある。
それによると、鈴木省三は、
東京府立第六中学校卒業後、
東京府立園芸学校二部専修科で育種、造園を学び
20代半ばの1938年、
東京世田谷に「とどろきばらえん」開園、
バラの生産と育種の拠点とした。
後に京成バラ園(昨年開園50周年)研究所長となってからは、
研究所が育種の場となり、
1974年に「とどろきばらえん」は閉園する。
バラに魅せられ、
バラとともに歩み、
数多くのバラを作り、
バラをこよなく愛した男は
種苗法の制定に関わってもいる。
Wikipedia(English)にはほんの数行しか記述がない。
Wikipedia(Français)のページ"Seizo Suzuki"は、
日本語の該当ページをフランス語に翻訳してある。
それによると、鈴木省三は、
東京府立第六中学校卒業後、
東京府立園芸学校二部専修科で育種、造園を学び
20代半ばの1938年、
東京世田谷に「とどろきばらえん」開園、
バラの生産と育種の拠点とした。
後に京成バラ園(昨年開園50周年)研究所長となってからは、
研究所が育種の場となり、
1974年に「とどろきばらえん」は閉園する。
バラに魅せられ、
バラとともに歩み、
数多くのバラを作り、
バラをこよなく愛した男は
種苗法の制定に関わってもいる。
植物品種の知的財産権である育成者権保護のため法制整備に尽力し、昭和53年種苗法の制定に貢献した。〔Wikipediaより〕
種苗法制定から6年後の1984年、
母校(現都立新宿高校)で朝陽バラ会の結成に尽力、
2000年に腎不全で亡くなるまで、会長-顧問を務めた。
朝陽〔ちょうよう〕バラ会のHPには、
在校生とのインタヴュー記事や
平成8年放送ラヂオ番組の内容が掲載されていて興味深い。
活動内容には秋に催される朝陽祭も含まれているので、
恐らく、生徒達が育てたバラのお披露目があるのだろう。
来年、訪れてみようかと思った。
先月、帰省した折にぶらついていた某百貨店にて、
資生堂が発売したROSARIUMシリーズの商品が目に留まった。
(とっても優雅な『資生堂 ばら園』のページはココ)
上記ページのコラム「ばらの神様と探した香り」を読む限り
鈴木省三と資生堂香り開発の歴史は終戦直後まで遡るようだ。
同社が1980年代に発表した「青いバラの香り」という香水は
鈴木省三が作出した『芳純』の香りを再現したものだという。
〔画像はてんちょんちから借用〕
鈴木省三が蒐集したバラには
『草笛の丘』でも会うことが出来る。
日本語のページとはまた違った趣の英語のページで
WHO WE ARE -ROSE CULTURE INSTITUTE-
というのが目に留まった。
NPOバラ文化研究所理事長前原克彦氏による
「バラの歴史とロマン」と題する2010年の講演PDFはココ
母校(現都立新宿高校)で朝陽バラ会の結成に尽力、
2000年に腎不全で亡くなるまで、会長-顧問を務めた。
朝陽〔ちょうよう〕バラ会のHPには、
在校生とのインタヴュー記事や
平成8年放送ラヂオ番組の内容が掲載されていて興味深い。
活動内容には秋に催される朝陽祭も含まれているので、
恐らく、生徒達が育てたバラのお披露目があるのだろう。
来年、訪れてみようかと思った。
寄り添うように・・・スモーキーとサフラノ |
先月、帰省した折にぶらついていた某百貨店にて、
資生堂が発売したROSARIUMシリーズの商品が目に留まった。
(とっても優雅な『資生堂 ばら園』のページはココ)
上記ページのコラム「ばらの神様と探した香り」を読む限り
鈴木省三と資生堂香り開発の歴史は終戦直後まで遡るようだ。
同社が1980年代に発表した「青いバラの香り」という香水は
鈴木省三が作出した『芳純』の香りを再現したものだという。
〔画像はてんちょんちから借用〕
鈴木省三が蒐集したバラには
『草笛の丘』でも会うことが出来る。
日本語のページとはまた違った趣の英語のページで
WHO WE ARE -ROSE CULTURE INSTITUTE-
というのが目に留まった。
NPOバラ文化研究所理事長前原克彦氏による
「バラの歴史とロマン」と題する2010年の講演PDFはココ
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研究というのは 非常に勉強も必要ですが、実験を伴う奥の深いものでありますので、 私は今研究室の顧問という立場ですけれど、自分で個人的に仕事は捨てないで私の小さな 庭に外国から原種、野バラのようなものを集めてやっております。オリジナリティという 独創的な考え方が幅広く寒さに強いバラ、もっと丈夫なバラ、木になるバラなど考えて 毎回やっておりますが、他ではできない仕事をいろいろ個人的にこれからやっていこ うかなぁと思っています。
83歳の今でも、バラの仕事を全くやめるという気持ちはありません。〔朝陽バラ会HP「バラを召しませ ランララン(4)」より〕
ばら園のHP,久しぶりにみました。
返信削除鈴木省三さんが紹介されてるのですね。
草ぶえの鈴木省三さんコーナー、ファンには
たまらないところですね。
我家には、昔のばら園シリーズの芳純と
パパメイアンとブルーローズの香水がとってあります。
もったいなくて使えないのですが
匂いも古くなると変わっちゃうのですよね・・・
朝陽バラ会の活動は知りませんでした。
返信削除こんな活動もしておられたのですねぇ。
「青いバラの香り」は当時知人からサンプルをいただいて、つい最近までみけのたんすの中にありました。
実は私は香水は苦手で・・・・
なんですが、この香は香水にありがちな人工的で臭いとさえ感じるようなものではなく、やわらかなとても良い香りだったのを覚えています。
最もこの香の開発に鈴木さんがかかわっていたのを知ったのはつい最近の事でしたが・・・
地道でそしてぶれない探究心と好奇心、そして努力と実行力。これらが鈴木さんを世界に知らしめる土台となったことは間違いない事でしょう。
葉月さん こんばんNamaste/^^
返信削除草ぶえへは早く行きたい行きたい行きたい病の楽です(^0^)
鈴木さんがお亡くなりになる前に個人的に蒐集されていた原種系やHTなどの一部が草ぶえの丘に保存されているのでしょう?
芳純とパパ名案とブルーローズの香水!
いやぁ~ん、めくるめいて失神してしまいそうな感じの天にも昇るような香りなのでしょうね!
か、嗅いでみたい・・・(^^;
以前、エジプトで香りのオイルを入手したのですが、オイルにしておくとアルコールの揮発と違って、比較的長く残るってなことを、某化粧品メーカー香り部門に勤務していた人に教えて貰いましたが・・・手元にないので真偽の程は何ともww
生バラも、切った瞬間から香りが変化しますよね♪
みけさん こんばんNamaste/^^
返信削除自分の母校にバラ園を作るって、なんて素敵な事なのでしょう!
朝陽バラ会のページを見ると、随分と昔からバラを育てていた学校のようで、移転や戦禍で稀少品種が失われたと言うようなことも書いてありました。
学校関係者でなくてもバラ会には入れるみたいなので(賛助会員?)、行ってみて面白そうだったら入会しちゃおうかなぁ・・・なんて戯言を...^^
青いバラの香り・・・嗅いでみたい(^^;
甘美でありながら清々しさを併せ持つ、う~ん曼荼羅夢~な感じでしょうか?あは~~~~^^
バラを愛して止まなかったミスターローズ。
その凛とした姿勢はカッコイイ!の最上級ですね♪